ソファ&コタツは日本の一般的風景

 こんにちは。

いやぁ、昨日までの強風はすごかったですねぇ。閉口しましたね。

交通機関の乱れでご苦労された方も多かったでしょうが、屋外でお仕事をされる方も

さぞ難儀された事と思います。

恵み野でも、道路沿いに立てているのぼり旗のポールが何本もポッキリ折れてしまいました。

高価なものではないのですが、それでもちょっぴり「トホホ・・」です。

 

 さて、私は土曜日の朝は毎週欠かさずテレビ朝日の「建もの探訪」を観ています。もう何年く

らいになるか分かりませんが、長らく贔屓にしています。

建築家の設計による型にはまらない住宅が面白いのもさることながら、オーナーの人柄や家族

内の力関係までが見えるのがいいんです。

家というのは「その人(家族)そのもの」なんですよね。

きれい好き、派手好き、子供好き、頑固者、大雑把、読書家、愛妻家、恐妻家、融通無碍、

交際好き、内向的、親分肌、姉御肌、自然派、都市派、律義、多弁、無口、ボンボン、苦労人・・・

あらゆるものが「家」を通じて感じられます。

その感じたものをパッチワークして、私はいつも勝手に「その人の普段の生活情景」を想像して

遊んでいるのですが、最近はすこし「想像」が困難になってきました。

なぜなら、番組の中で紹介される家の中に「モノばかりが主張する家」が増えてきたからなのです。

平たく言えば

「あれをもってます。これももってます。私はそういう人です」

と、こういう感じが多いんです。「買ったもの=わたし」というのは少し寂しいです。

ましてや、何かのデザインやブランドで統一されていると「疲れないかなぁ」と心配になります。

 

どちらかといえば、スタイリッシュな家なのに、リビングの真ん中に今どき珍しい「赤いテレビ」が

置いてあったりして、それを見た渡辺篤史さんが「いやあ、これはこれは懐かしいもんですねえ」と

感嘆すると、オーナーさんが「どうも、捨てられなくて・・」と、ちょっぴり恥ずかしそうに頭をかいて

みせたりする方が、「ほっこり」します。(こういう場面は見たことがありませんが)

いろいろと苦心して、がんばって素敵な家を建てた事と、素敵な家を建てながら、どうしても愛着

があったり、もったいないと感じていて捨てられないものが「同居」していることが、とても「自然」

に感じられていいんです。そして「素敵」です。

こういう私は、「ソファーがコタツの後ろで背もたれになっている日本の一般的風景」を見るのが好き

でもあります。結婚当初の憧れの住まいから、現在の落ち着いた生活までの「ご家族の物語」が見

えるようで、「ほっこり」してしまうのです。

 

「これは私が私のセンスで統一して全て買いそろえたものばかりです」という空間よりは、

「買ったもの」「貰ったもの」「捨てられないもの」「なぜかそこにあるもの」「借りっぱなしのもの」

そのうようなものが同居する空間が自然で居心地が良いいでししょうし、当初のイメージは崩れて

現状に合わせて家が変化してゆくのは当然です。

あまり「モノ」に合わせた生活をするのではなく、自分に合わせて「モノ」を変えてゆく方が楽なんだ

と思いますね。やっぱり「ソファ&コタツ」でOKですよ!

 

そのような事を考えた、本日でありました。