3年生4年生が分岐点?

 こんにちは。

昨日から今朝にかけては、とっても暖かかったですね。しかし、恵み野には今、

強い西からの風が吹き込んできております。これは寒くなる前兆でしょうね。

本当に束の間の「春」でした。

 さて、昨日BOOKOFFへ行きましたところ「勝ちにくい身体」という新書を見つけました。

これは明治大学の齋藤孝さんと、プロゴルファーの坂田信弘さんの対談集で、タイトルに

惹かれて買い求めました。

 実はまだ、いくらも読んでいないのですが、それでも気になることが書かれていました。

どんなことかといいますと、ゴルフを教えるうえで技をたたき込むには小学3・4年が良く

教育でもそのあたりが重要な分岐点になるというんですね。

「なるほど」です。

 このことから私は小学校の5・6年の時に逆上がりのできない他のクラスメートのために

担任の先生から、「教える役」をやらされていた時のことを思い出しました。同時に、自分の

自我や自意識というのは3年生くらいまでは殆どなく、5年生くらいから急激に強くなった事

も思い出しました。(記憶が鮮明になるのは5年生からです。私の場合は・・)

 自意識が強くなり始めた5年生の私は逆上がりができないクラスメートに逆上がりの仕方

を教えるのにとても苦労しました。「言葉で説明しようがないから」です。つまり「理屈ではないこと」

を『言葉に置き換えること」ができず「こうやりゃいいんだよ」とやってみせるしかなかったんですね。

どうしてそうなるのか?を考えてみると、「無意識のうちに身に付けた身体運用法は、自意識が

芽生える年頃になると他者にその仕方を伝えるのが困難になり、相手もそれを身につけるのに

苦労する」ということかなと思います。

例えば「箸の持ち方」や「鉛筆の握り方」が、小学校の高学年以降になると矯正するのが困難

になるようなことと同じです。もしかすると「正座」や「蹲踞」も同じかもしれません。

(私も箸の持ち方を直すのには苦労しました・・)

「小さいころからもともとできていた習慣」は、その後も崩れることはありませんが、あとから身に

つけるのは大変です。だいたい5年生・6年生くらいの子なら「どうして、そんなことをしなければな

らないのか?」と説明を求めるくらいはするでしょう。こうなると厄介なはずです。

これは自意識のなせる業でしょう。(たぶん)

 この私の素人考えがもし正しいとしたら、とにかく3年・4年生までの間に野山を駆け巡り、木

のぼりや、虫取り、その他なんでもいいから「身体を目一杯動かして遊ぶこと」が重要であるよう

な気が致します。なにしろ、遊んでいるうちに自然と「身体の使い方」が身に付くからです。

「身体の使い方」はバリエーションをより多くもっている子供の方が、将来の可能性は広がり、生存

戦略上も有利になるでしょう。

そのためには、「周囲に遊び場の多い環境で育てること」が重要です。

 

もうおわかりでしょうか。

恵み野には、そういう環境が整っているということなんですねぇ。(でも本当です)