日曜日・夕方・茶の間

 こんにちは。

穏やかな日差しが降り注いでおり、なにやら緊張からちょっと解放された感じがします。

先程、表で一服しておりましたら、枯れ草の茂みに大きな「たわし」のような猫一匹。

目を細め、丸くなって、気持ち良さそうに日向ぼっこをしておりました。

一瞬目が合い、しばしお互いに見つめあいましたが、私が僅かに視線をそらすと、脱兎の

ごとく(猫ではありますが)逃げてしまいました。

今ごろ彼は(彼女かも)「もー、じゃますんなよなー」と、ぼやいていることでしょう。(ごめんね)

 

 さて、昨日で優勝が決まってしまいましたが、本日は大相撲の千秋楽。 

日本の日曜日の、それも夕方の典型的な風景の一つです。長らく、日本人の日曜日の夕方

は、「大相撲」「笑点」「サザエさん」という3つのテレビ放送が定着し、それらを見ることが、

「休みの終わりと月曜日が来る憂鬱」を日本人に感じさせてきたと(私は)思います。

 もちろん、テレビ放送開始以来、日曜日の夕方の番組はそれらだけではなく無数にあった

訳ですが、この3つは生き残り、いまだに高い視聴率をキープしております。

これって、どうしてなんでしょうね?

どの番組も数十年来「ほとんど内容は変わらない」のにです。

 もしかして、それらの番組の前(テレビの前)に、「ありうべき家族像」を見出すからかもしれ

ませんね。今は共働きが増え、塾や習い事に通う子供は多く、核家族がさらに細分化されてお

りますから、「孤食」が増え、家族が一堂にまみえて食卓を囲みづらくなっているでしょうから、

「ありうべき家族像」はどこか遠くの出来事のように感じられるのかもしれません。

私も「笑点」などをたまに見ていると、番組を通して「昭和のころの茶の間の家族」を思い浮かべ

ます。「ここには”もうないもの”が見える」という感じです。

だからもし、現在の日曜日の夕方の茶の間に家族のフルメンバーがそろい、昔と変わらぬよう

な生活スタイルを継続していたら、これらの番組はとうに終わっているかもしれない。

あるいは、日曜日の夕方に家族のフルメンバーが揃うようになったら、終了するような気がします。

ここには”もうない”と思っていたものが”ある”ということになれば”もうないもの”は見えなくなるか

らです。

 

決して番組の終了を望むものではありませんし、昭和へ戻ることがいいとは思いませんが、茶の間

に家族が揃うような日曜日が増えるといいですね。

一人でごはんを食べるより、みんなで食べたほうが美味しいですから。