「近所の目」の効用

 こんにちは。

きのうの石巻の事件もさることながら、近頃、物騒な事件が県内で多いようです。

強盗や通り魔、ひったくりに連続放火。一体何が起きているのか考えてしまいます。

また、事件の発生現場が「閑静な住宅街」であることが多いのも気になるところです。

どうして「閑静な住宅街」での犯罪が多発するのでしょうか?

これを考えるには、「どうして昔は住宅街で犯罪が多発しなかったのか?」と、反対側から

問いを立てればいいのかもしれません。

なんとなくそれは「近所の目があったから」であるような気がします。

住宅街に犯罪者が増えたというのではなく、住宅街そのものが犯罪者の発生を抑止していた

のではないのかという訳です。

 今はどこの住宅街へ行ってみても、恐ろしいほどに「しーん」と静まり返っています。

歩いていても歩行者とすれ違うことは少なく、軒を並べる家からは人の気配を感じません。

このことは、どんな用事でも車で出かける人が増えた事や、共稼ぎ家庭も増えた事で昼間

は誰もいない家が多いこと、または住宅の性能が向上して戸外へ音が漏れにくくなったこと

や子供が表で遊ばなくなったこともあるでしょう。

また、若い人ほど歩かないんですよねぇ。結構・・。(私もそうですけど・・)

近くのコンビニへもゴミ捨てにも「車」というのは珍しくありません。

徒歩で歩かないために、車に乗っていると気づかない事物のことを知る機会を失います。

そのため、そこに何年も住んでいるのに周囲の環境を知らないという話もよく耳にします。

(散歩をしているのは、だいたいどこでもお年寄りと犬だけですよね。)

昔はこの逆でした。

歩けば必ず誰かとすれ違い、縁側や庭にいる人と視線を交わしあい挨拶をします。少しの事

で車に乗るのは横着者のすることでしたし、昼間でも誰かしらは家にいて、何かしらの生活音

が聞こえていたものです。また、玄関先にぼーっと座っているおじいさんがいたり。

そして、だれがどこに住んでいて、それがどんな人で、その近くにはカマキリがよく獲れる草む

らがあってみたいな事をよく把握していました。

また、子供は表で遊ぶべきものでしたし、近所の家にもよく出入りしました。

つまり、濃度の濃い近所関係があったのだと思います。

こういう生活環境では、監視されているようで息苦しさを感じることもありましたが、一方では

犯罪の抑止効果を発揮していたような気がします。

また、子供の安全が守られ、子供の「異変」や「変調」もすばやく察知できていました。

 

どちらが良いかというと、むずかしいです。

近所付き合いが煩わしいことも「そうだよなぁ」と思いますし、車があればついつい近くでも

乗って行ってしまうのが人情です。(私だってそうです)

また郊外の住宅街では、徒歩圏内にスーパーなどの施設がないというのも現実です。

そもそも徒歩で行く目的地が無いんですよね。だから、歩行者がいなくなる・・。

もはや歩くのは「健康のため・ダイエットのため」という動機づけが必要なのかもしれません。

 

昔がいいのか、今がいいのか?

そういう二項対立で考えてはいけないんでしょうね。(きっと)

昔と今の間とをとって「このあたりで」というあり方が、見つかるといいと思います。

今のところは地域の「巡回パトロール隊」がひとつの答えとなっておりますが、できることな

らば、そういうことなしに自然と安全が保てることが望ましいのだと思います。

何かよいアイデアがあればいいですね。