無時間モデルから「プロセス」へ

 こんにちは。

連日、蒸し暑いですね。ことしは梅雨寒もなく、そして風も少なく、ただただ「暑い」という

感じです。しかも、ただ「暑い」というよりは「あづい」とでも言いたくなるような粘り気のあ

る暑さですから、もう早々と夏バテ気味というかたもおられるのではないでしょうか。

こんな時は、ビールにかぎりますね~。

ビールをうぐうぐ飲んで、暑さも、疲れも吹きとばしましょう!

もっとも、私は秋でも冬でもそうしておりますが・・。

 

 さて、昨日まで山田洋次監督が書いた、「『学校』が教えてくれたこと」という本を読んで

おりました。この本は、山田監督が映画「学校」のメガホンを取ることを通じて学んだことが

綴られておりますが、その中に「本当にすそうだよなぁ」と思わせられる一節がありました。

 

 いまの日本人の共通の悩みはおそらく、どのような暮らし方が自分たちにとって

 幸福なのか、その形がないこと、具体的なモデルがないことだと思います。

 いったい豊かさとはどういうことなのか。

 

因みに、この本が書かれたのは10年前です。その10年前の文章を読んで「そうだよなぁ」と

思ってしまうということは、10年以上この状況が変わっていないという事であり、未だに私たち

(とひと括りにするのは適当ではないかもしれませんが)は、新しい豊かさのモデルが見つけら

れないでいうということなのだと思います。

しかし、どのような暮らし方が私たちにとって「幸福」なのでしょうね。

これは大変難しい問題です。

難しい問題ですから、私には答えがサッパリわかりません。

でも、最近うすうす感じていることがあります。

それは、「買い物に行っても欲しいものがない」ということです。欲がない訳じゃないんです。(

お金はありませんが)欲がないわけではないのに「欲しいものがない」のです。

その一方でなにか品物を見ると「どうやったら自分でつくれるだろうか」などということを考えて

しまっております。

どうやら最近の私は「買えばいいってものではなくて、作った方がたのしいのではないか」と思い

始めているようなのです。

つまり、「モノ」よりも「プロセス」の方が欲しいのだと思います。

考えてみれば近代とは「プロセスの抹消」そのもでした。新幹線が開通して東京まであっという間

に行けるようになったのもつかの間、今では机の上から世界中の情報を瞬時に収集する事が可能

になました。(いわゆる、無時間モデルですね)

こうして極めて便利にはなりましたが、なにか物足りないものがあります。

きっと、それが私にとっては「プロセス」なのだと思います。

そして、このことは私に限ったことではないだろうし、これからは「プロセス」を求める人が増えてゆく

ような予感があります。

そして、もしかするとその途上で「新しい幸せのモデル」が生まれるのではないか?

そんな風に思わずにいられません。