説明できない「作法」の理由

 こんにちは。

雨ですね。しかも横殴りの雨。

あ、横殴りの雨っていう言葉を実に久しぶりに使った事を、今気がつきました。これはいつ以来なの

か・・。そういえば、しばらく前に雲と雨の写真集のようなものを、書店の写真集コーナーでパラパラ

と見ていたら、雲の形や雨の降り方によって「夥しい数の呼び方」があることを知ってビックリした事

を思い出しました。(写真集といよりは、図鑑に近いものでした)

これが、もうハンパじゃないくらいに、たーくさんあって、これを知っていたら雲や雨の捉え方や表現の

仕方がグンと広がって、自分の目で見る森羅万象の奥行きが深くなることは間違いないだろうな、と

思いました。(結局、写真集は買いませんでしたが・・高価でしたし・・)

きっと、昔の人は今よりも遥かに細かく、豊かなグラデーションでも見るように自然を捉えていたので

しょうね。雲や雨のちょっとした違いを感知し、それぞれに気のきいた名前を付けていたのでしょう。

 

 さて、今「日本人の作法」(著者・陶智子・平凡社新書)という本をチビリチビリと読んでいるのです

が、これがなかなか面白いんです。

内容は、明治や昭和初期に子供向けに作られた「図解説入りの礼儀作法書」を紹介し、昔という地点

を迂回して、現代のあり様を見つめるといようなもので、「昔の子どもが教わっていたような事で、自分

にはできていない事」を、結構、発見してしまいます・・。

また、「作法」というのは、「どうしてそうしなければならないのか?」と、問われた時に「それはね・・」

と、スラスラと答える事ができないものが多い事にも気がつきました。

例えば、

「部屋の中では、なぜコートや帽子を脱がなければならないのか?」

「他人様の前で、なぜ化粧をしてはいけないのか?」

「応接中に、なぜ腕時計や携帯電話を見てはいけないのか?」

「なぜ、ものを踏んだり跨いだりしてはいけないのか?」

「どうして、歩きながら食べ物を食べてはいけないのか?」

などなど・・(今や、珍しくもない行儀の悪い振る舞いではありますが)

すっと出てくる答えは「行儀が悪いから」ですが、それだけでは子どもが(大人も)納得してもらえない場合

には、どのように応えればいいのでしょう?

みなさん、答えられます?

難しいですよね。

「だって、おかーさんだってやってるじゃない」なんて反論されてしまったりして・・。

それはさておき、子どもから素直に「どうして?」と質問されたとしたら、どのように答える事ができるだろう

かと、私は(面白がりながらですが)考えてしまいました。

「なぜ、ひと前で化粧をしてはいけないのか?」は、本書の中で著者が感想を述べていたように「化粧して

いる姿は、百歩譲って美しくない」で済みそうだけど、「いいの、あたし的にはそれでオッケーだから」なぁん

て反論されたら、絶句するしかないよなぁ、とか、「どうして、歩きながら食べ物を食べてはいけないのか?」

に対しては「そもそも、座って食べたほうがおいしいでしょ」で納得させられそうだけど、「反論の余地がある

なあ、これでは・・」、とか・・。

自分なりに答えを見つけてやろうじゃないかと思うのですが、しかし、これがなかなか難しいんですね。

以前は、「行儀が悪い!気分が悪い!あとは説明無用、反論するな、以上!」で済んでいたように記憶して

いるのですが、ラーメン屋でマンガを読みながらラーメンをすすっているお父さんが、ホールを走り回る子ど

もに向かって「おとなしくしなさい」と叱っているという説得力のない光景を目にすることが、全く珍しくない

今現在では「ちゃんとした説明」が、必要になっているということなのかもしれませんね。

 

何か、子どもを納得させられる良い説明はないものか?

ちょっとそれを、楽しみながら考えてみたいと思います。(といっても、私には子どもがいないんですけど・・)